大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(ネ)105号 判決 1968年6月28日

控訴人 水野谷義雄

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 小川徳次郎

同 工藤祐正

被控訴人 川口中丸

右訴訟代理人弁護士 国広稔

主文

本件各控訴を棄却する。

原判決主文は被控訴人の請求の減縮並びに請求の趣旨訂正により次のとおり変更せられる。

「一 控訴人(被告)水野谷義雄は被控訴人(原告)に対し別紙目録記載第二の建物中同目録記載第一の土地上にある部分を収去して右土地を明渡さなければならない。

二 控訴人(被告)有限会社ヒットは被控訴人(原告)に対し右建物部分から退去して右建物を明渡さなければならない。

三 控訴人(被告)水野谷義雄は被控訴人(原告)に対し昭和三四年一〇月一日から右土地明渡済にいたるまで一ヶ月金八、〇一八円の割合による金員を支払わなければならない。

四 被控訴人(原告)のその余の請求(被告塚田省三に対する部分の請求)を棄却する。

五 訴訟費用はこれを五分しその一を被控訴人(原告)の、その余を控訴人(被告)水野谷義雄及び同有限会社ヒットの連帯負担とする。

六 本判決は被控訴人(原告)において控訴人(被告)水野谷義雄及び同有限会社ヒットに対する共同の担保として金三〇万円を供託するときは第一ないし第三項について仮りにこれを執行することができる。」

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は「原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。被控訴人の請求(当審における予備的請求をも含めて)をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、主位的請求につき控訴人有限会社ヒットに対する損害金の請求を減縮し、原判決別紙目録中土地の表示を別紙目録記載第一の土地の如く訂正し、かつ控訴人水野谷義雄に対する従来の建物収去土地明渡の請求の趣旨を「控訴人水野谷義雄は被控訴人に対し別紙目録記載第二の建物中、同目録記載第一の土地上にある部分を収去して右土地を明渡せ。」と訂正したうえ、控訴棄却の判決並びに当審における予備的請求として「控訴人有限会社ヒットは被控訴人に対し別紙目録記載第二の建物中、同目録記載第一の土地上にある部分を収去して右土地を明渡し、かつ昭和三七年四月一七日以降右土地明渡済に至るまで一ヶ月金八、〇一八円の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審とも、控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一  控訴人ら訴訟代理人の主張

(一)  訴外亡塚田省三(以下塚田という。)から控訴人水野谷への別紙目録第一記載の土地(以下本件土地という。)の賃借権の譲渡については、塚田において、被控訴人の委任によりその代理人として本件土地の管理一切に当っていた訴外田中俊からあらかじめその承諾を得、被控訴人も同訴外人より賃借権譲渡の事実を聞知し、これを諒承していたものであって、従って被控訴人は控訴人水野谷の支払った賃料を異議なく受領していたものである。

(二)  仮りに被控訴人による賃借権譲渡の承諾の事実が認められないとしても、被控訴人が賃借権の無断譲渡を理由として塚田との間の本件土地賃貸借契約を解除することは許されない。即ち控訴人水野谷は塚田の実子であって同人が昭和二三年本件賃借地上に(増築により別紙目録第二記載の建物(以下本件建物という。)となる)建物を建築した当初より右建物に居住し、同建物において塚田が営んでいた自転車、リヤカー等の販売並びに修理業にたずさわり、当初より中心的存在として営業を担当し、事業の発展に貢献してきたものであって、本件土地の使用状況には賃借権譲渡の前後を通じて実質的になんらの変更がないばかりでなく、本件賃借権譲渡に至った経緯も塚田の長男正雄が競輪、競馬等にこって財産を浪費するおそれがあり、家業の前途も憂慮されたので塚田は、自己及び同控訴人の将来を考え、家業に精励する同控訴人に本件建物を贈与した事情にあって、かような事情の下になされた本件土地賃借権の譲渡は、実質的には相続による権利の取得と等しく、賃貸人たる被控訴人の利益をなんら害するものではなく、被控訴人と塚田との間の本件土地賃貸借契約における信頼関係をなんら破壊するものではない。

(三)  仮りに右の主張が認められないとしても、被控訴人は千葉県下はもとより、全国でも屈指の大地主であって本件土地の明渡を求める特段の必要ないし利益がないのに対し、控訴人らは本件土地を賃借し、同地上に本件建物を所有または占有することによって辛うじて生計を維持しているのであって、一旦本件土地の賃借権を喪失することとなれば、直ちに生活にも窮する立場にあるのであるから本件土地賃借権の譲渡を理由とする被控訴人の本件建物収去、土地明渡等の請求は権利の濫用であって認容されるべきではない。

(四)  被控訴人主張の内容証明郵便が昭和三四年九月二三日塚田に到達したことは認めるが、同人は、被控訴人に対し同月二八日延滞賃料の一部として金四万〇、〇九〇円を支払い、その後おそくとも催告期間内である同月末日迄に残額三万二、〇七二円を弁済のため提供したところ、その受領を拒絶されたので、同年一〇月二一日右同額の金員を千葉地方法務局に弁済供託をした。それ故賃料不払を理由とする被控訴人の本件土地賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないものである。

(五)  控訴人水野谷が本件建物を控訴人有限会社ヒットに譲渡したとの事実は否認する。

二  被控訴人訴訟代理人の主張

(一)  本件建物は本件土地とその隣接土地に跨って建築されていることが判明したので、原判決別紙目録第一記載の土地の表示を別紙目録第一記載の土地に訂正し、従来の控訴人水野谷に対する建物収去土地明渡の請求の趣旨を申立欄記載の如く訂正する。

(二)  控訴人水野谷が塚田から本件建物及びその敷地の一部である本件土地の賃借権の譲渡を受けたのは昭和三〇年九月頃であり、同控訴人が控訴人有限会社ヒットに対して本件建物を賃貸したのは昭和三一年一〇月頃である。

(三)  控訴人らの主張によれば、塚田が控訴人水野谷に本件建物を贈与したのは、塚田の長男正雄が競輪や競馬にこって財産を喪失するおそれがあったので、同人の相続による本件建物の所有権取得を防止するため四男である控訴人水野谷に贈与したものであるというのであるが、相続開始原因の発生に先立ち、相続による財産の承継を予め排除する意図に出た贈与をもって相続の場合と同視し、実質的にこれと同様な効果を認めようとするのは不当である。

(四)  塚田は、昭和三四年一月一日以降の本件土地の賃料を滞納したので、被控訴人は、同年九月二二日付翌二三日到達の内容証明郵便をもって塚田に対し、右書面到達後七日以内に一ヶ月金八、〇一八円の割合による同年一月一日以降の延滞賃料の支払を催告し、同時に本件土地の明渡を求めたところ、塚田は同月二八日金四万〇、〇九〇円の支払をしただけでその余の履行をせず、結局催告にかかる債務の履行をしなかったことになるから、本件土地賃貸借契約は右催告期間満了とともに同年一〇月一日をもって解除された。よって被控訴人は右契約解除による本件賃貸借の終了を控訴人らに対する本訴請求の原因事実として主張する。

なお、塚田が被控訴人に対し延滞賃料残額三万二、〇七二円を弁済のため提供したとの控訴人の主張事実は否認する。

(五)  仮りに塚田から控訴人水野谷に対する本件土地賃借権の譲渡が適法であるとしても、控訴人水野谷はおそくとも昭和三七年四月一七日までに被控訴人に無断で本件建物の所有権を控訴人有限会社ヒットに譲渡し、これにともない本件土地の賃借権も譲渡されたから、被控訴人は、控訴人水野谷に対し右賃借権の無断譲渡を理由として当審における昭和四二年四月一二日午前一〇時の本件口頭弁論期日において本件土地賃貸借契約解除の意思表示をした。よって、建物所有者たる控訴人有限会社ヒットに対し、予備的に本件土地の所有権に基づき本件土地上にある本件建物部分を収去して右土地を明渡すことを求めるとともに、昭和三七年四月一七日以降右土地明渡済にいたるまで一ヶ月金八、〇一八円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

三  証拠≪省略≫

理由

一  本件土地が被控訴人の所有であること、塚田が昭和一五年頃被控訴人から本件土地を賃借し、該地上に建物を所有していたことはいずれも当事者間に争いがなく、本件建物が本件土地とその隣接土地に跨って存在することは控訴人らにおいてこれを明らかに争わないから右事実を自白したものとみなす。

二  右認定の各事実と≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人から本件土地を賃借した塚田は、該土地及びその隣接土地に跨がって木造瓦葺平家住家建坪三〇坪の建物を建築し、昭和二三年一二月八日所有権保存登記を経由したが、後記四認定の事情によって昭和三〇年九月頃右建物を控訴人水野谷に贈与し、同年九月一四日売買名義に因る所有権移転登記を経たことが認められ、この認定に反する資料はない。思うに、およそ借地上の建物所有者が該建物を他に譲渡した場合には借地権も原則として建物とともに移転するものと解すべきであるから、本件建物の譲渡にともない本件土地の賃借権もまた塚田から控訴人水野谷に譲渡せられたものと認めるのを相当とするところ、控訴人らは、本件土地賃借権の譲受につき被控訴人の承諾を得たと主張するので次にこの点を判断する。

三  ≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人水野谷は塚田から本件建物の贈与を受けた後昭和三一年二月頃、被控訴人から同人に代って本件土地を含む同人所有の土地の賃料の受領方を一任され、塚田とも幼馴染であった田中俊方に本件土地の賃料を持参してその支払をした際、同人に対し実父の塚田から本件建物の贈与を受けて自己名義に登記を変更した旨を話したところ、親子間の所有権の譲渡であるから、格別の問題は生じないと思う、折をみてその旨を被控訴人に伝えておくとのことであったので、早晩田中から被控訴人に話が通ずるものと考え、直接には地主たる被控訴人に対し賃借権譲渡に対する承諾を得るための交渉をしなかったこと、その後昭和三四年五月頃本件建物を増築しようとした控訴人水野谷は田中を通じあるいは被控訴人に代ってその所有地の管理一切に当っていた被控訴人の夫川口幹に対し、直接に所轄公署に提出すべき増築に必要な書類に地主の承諾を示す捺印を求めたところ、それまでに田中からなんらの報告をもうけず、同控訴人の右要請によって本件土地賃借権譲渡の事実をはじめて知った川口幹から本件土地の無断使用であるから増築については承諾できないと拒絶され、再度の要請も同人の容れるところとならなかったばかりでなく、同年九月二二日付書面をもって被控訴人から塚田に対し、同年一月分以降の地代の滞納と控訴人水野谷に対する本件土地の無断転貸を重大な不信行為として該書面到達後七日以内に滞納地代を完済した上至急右土地を明渡すべき旨の請求がなされたことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

しかして、≪証拠省略≫によれば、田中は、被控訴人のため、本件土地を含む同人所有地の賃借人から地代の受領に関する権限を与えられていたが、その権限の範囲は、被控訴人から賃料支払日に当る毎月二五日の二、三日前にあらかじめ当月分の賃料額と賃料支払日を記載し、被控訴人の記名捺印のある地代領収証を預り、賃借人から地代を受領するのと引換えに右領収証を交付し、また、滞納地代が一時に支払われるような場合にはその都度被控訴人から前記のような領収証の交付を受け、金員の授受と引換にこれを賃借人に手渡すことに止っていたのであって、もとより被控訴人を代理して同人所有の土地を賃貸したり、または賃借権譲渡の承諾あるいは賃貸条件の変更をするような権限を有せず右のような事項については被控訴人と賃借人らの間の取次をするにすぎなかったことが認められ、この認定に反する原審における控訴人水野谷義雄本人の供述部分はにわかに採用し得ず、他に田中が右認定の限度を超えて控訴人ら主張の如き代理権を有していたことを認めるに足りる資料はない。

右認定の事実によれば控訴人水野谷は塚田からの本件土地賃借権の譲受につき事前または事後に賃貸人たる被控訴人の承諾を得たことを認めるに由ないから控訴人らの前記の主張は採用できない。

四  しかしながら≪証拠省略≫を総合すれば、塚田は、昭和二三年にその四男である控訴人水野谷ら四人の息子といわゆる同族会社である株式会社塚田商会(以下塚田商会という。)を設立して、自ら代表取締役に就任し、当時の本件建物をその営業所として、自転車、軽車輛等の販売業の経営に従事したが、長男正雄が競輪、競馬等の賭事にこって店の経営を省りみない上、財産を散逸するおそれがあったところから、幼少の頃水野谷完爾同寅の養子となった控訴人水野谷を塚田商会設立の当初から呼び迎えて協力して事業の経営に当り、同控訴人はその頃から本件建物を本拠とし塚田商会の中心的存在として実父塚田の片腕となって同商会の業務に力を尽し、その後同商会の経営が困難となるや、自らその代表取締役に就任して同商会の再建に当ったこと、このような事情から塚田は長男正雄の放蕩等による財産の散逸を防ぐと同時に塚田商会を維持していく最善の途として同控訴人の養父らの意向をも参酌した上、その子供らに対してほぼ平等になるように、あるいは不動産を買い与えあるいは自己所有の不動産や株券を分与するとともに財産分配計画の一環として同控訴人に本件建物を贈与したことが認められ、従って塚田は、同人の死亡によって開始すべき相続により控訴人水野谷の取得すべき相続分に代える趣旨をもって自己の生前に本件建物を同控訴人に贈与したものと認められる。しからば、控訴人水野谷への本件建物の贈与にともなう本件土地賃借権の譲渡には、賃貸人たる被控訴人に対する背信的行為と認めるに足らない特別の事情があるものと認めうるから、右賃借権の譲渡は被控訴人に対し賃貸借契約の解除権を発生せしめる余地がないものというべきである。そうすると本件土地賃借権の無断譲渡に因る契約解除を主張する被控訴人の請求は失当というのほかはない。

五  次に被控訴人の賃料不払による契約解除の主張について判断する。

塚田が昭和三四年一月一日以降一ヶ月金八、〇一八円の割合による本件土地の賃料の支払をしなかったことは控訴人らの自認するところであり、被控訴人が同年九月二二日付の内容証明郵便をもって塚田に対し右延滞賃料を書面到達の日から七日以内に支払うべきことを催告するとともに本件土地の明渡を求め、同書面は同年九月二三日塚田に到達したこと及び塚田が同月二八日右延滞賃料の一部として金四万〇、〇九〇円を支払ったことはいずれも当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫を総合すれば、塚田は、前記催告期間中に被控訴人から賃料取立の権限を与えられていた前記田中俊に対し右金四万〇、〇九〇円を交付しただけで、催告にかかる延滞賃料の残額二万四、〇五四円の支払をなさず、催告期間経過後の同年一〇月一三日に右残額に弁済期の到来した同年九月分の賃料を加え合計金三万二、〇七二円を田中方に持参し、同人において一旦これを預り、翌一四日その妻みつをして被控訴人方に持参させたがその受領を拒絶されたので塚田は、同月二一日右金員を弁済のため千葉地方法務局に供託したことを認めることができ右認定を左右するに足る資料はない。控訴人らは、催告の期限である昭和三四年九月末日までに右延滞賃料残額を弁済のため被控訴人に提供したけれどもその受領を拒絶せられたと主張するが、右事実を認めうべきなんらの証拠もない。しかして塚田が田中俊を通じて支払った右金四万〇、〇九〇円は、催告にかかる延滞賃料の三分の二に近い金額であるとはいえ、なお二万四、〇五二円の未払が存し、しかも前段認定のように、右金額の支払は被控訴人より賃貸借解除の意思表示と同時になされた催告に対してなされたものであること及び前顕≪証拠省略≫によって認められるように、塚田は昭和三三年九月ないし同年一二月分の賃料も翌三四年五月二二日にようやく支払っておることをも考慮するときは、被控訴人が右延滞賃料残額の支払を拒絶し、契約解除の効力を主張することをもって信義則に反するものとは到底解しえざるところ、前記被控訴人の催告にある土地明渡の請求は塚田が右催告に応じないことを条件とする賃貸借契約解除の意思表示を包含するものと認めるのが相当であるから、本件土地の賃貸借契約は塚田の賃料債務の不履行により前記催告期間の最終日たる昭和三四年九月三〇日の経過とともに解除されたものといわなければならない。

しかして、控訴人有限会社ヒットが本件建物を控訴人水野谷から賃借しパチンコ遊戯場を経営していることは当事者間に争いがないから、被控訴人に対し控訴人水野谷は本件建物中本件土地上に存する部分を収去して右土地を明渡し、前認定の契約解除の日の翌日たる昭和三四年一〇月一日以降右土地明渡済まで本件土地の相当賃料額であることにつき当事者間に争のない一ヶ月金八、〇一八円の割合による損害金を支払う義務があり、また控訴人有限会社ヒットは本件建物から退去して本件土地を明渡す義務あるものというべく、被控訴人の本訴請求はいずれも正当であってこれを認容した原判決は相当であり(但し原判決主文は当審における被控訴人の請求の減縮並びに請求の趣旨の訂正により主文第二項の如く変更される)、本件控訴はいずれもその理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仁分百合人 裁判官 小山俊彦 右田堯雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例